賢人日記

日常をゆるく賢く切り取っていきます

エビデンスの確認されている飲み物 コーヒー

 コーヒーはある意味、科学的エビデンスの多い飲み物である。まず第一に肝臓の健康に効果がある。コーヒーが肝臓疾患の予防に有益だという結果が出ているからだ。また、含まれるカフェインがパーキンソン病等の神経疾患に有益だという結果もある。また、認知症についても一定のカフェインに予防効果があることが認められている。カフェインに耐性がない人はともかく、一定量のコーヒーの摂取は仕事能率のみでなく、健康リスク低減のため時々飲むことは効果的だろうと思う。

 基本的に食べ物には何らかの健康効果があると思うが、体に不必要な物質も取り込む可能性もある。コーヒーは比較的、後者が少ない飲み物であると思うので、おすすめしたい。

過去を振り返る意味

 ブログや手帳で過去を振り返ることは大事である。何故なら、時間を浪費する人はたいがい過去の些細な失敗を活かせていないからだ。そして、同じ失敗を繰り返す。時間を浪費するということは人生で一番貴重な資源を無駄遣いしているわけだから、そういう意味では幸福度にも影響してくる。

 人生の幸福度を高めるには、そういう意味でも過去の振り返りを時々行う機会を設けたほうが良い。具体的なやり方としては、日記を書くのが一番だろう。行動や、感情、数値など振り返る対象はなんでも良いと思う。大事なのは振り返るという作業そのものである。だから、過去について、書いてみることがシンプルだが効果的だと思う。また補助的なツールとして、ITによるログを取ることもいいかもしれない。特に数値については、そういったICT機器でログをとり、時々振り返ってみると良いと思う。

ナイトランの有用性

 たまに仕事が終わって走りたくなる。厳しい夏が終わり、走っても汗をかかない季節になってきたので夜走ることがある。ナイトランのメリットは人目があまり気にならないことである。

 例えば仕事がおわってそのままの格好で走ってもあまり気にされない。暗いので周囲の安全は気にして走った方がいいが、気軽に走ることができるのは怠惰な人にとってはよいと思う。もう一つこれも見た目であるが、人が少ないので全力で走れることだ。全力で走っている時は凄まじい顔で走っているが、それも気にしなくていい。

 また、全力で走ることは日々のストレス解消にも都合がいい。散歩等軽い運動だけでは日頃の運動不足は解消されないからだ。強度の高い運動の一つであるランニングは今の季節は夜がおすすめである。

スキルを身につける

 サラリーマンが意識するべきことがある。それは今の仕事が今の業界内でしか通用しないものか、それとも汎用的に他の業界でも役に立つスキルかどうかだ。スキルを磨いておけば、最悪会社を首になったとしても生きていける。しかし、その業界内でしか通用しない陳腐なことしかやっていなければ、年を重ねるにつれ再雇用は難しいのが現状だと思う。

 スキルは色々あると思うが、基本的には物やサービスを作ることはスキルにし易い。例えば、曲を作ったり、プログラムを書いてゲームを作ったり、野菜を作ったり等だ。ホワイトカラーのサラリーマンでも休日は、何かを作る経験をして、その中で自分に向いているものを作っていくべきだと思う。

新鮮なものを野菜中心に食べる

 加工品を食べることはあまりおすすめできない。加工品は塩分が多いし、栄養価も減衰していることがあるからだ。そのため、普段食べるものはできるだけ新鮮な野菜、果物、魚類を食べることをおすすめする。そのためにはスーパーではできるだけ生鮮品売り場を回るようにする。

 自炊は面倒だと思うかもしれないが、生野菜は切るだけで食べられるし、硬い野菜もスチーマーを使ってやわらかくすれば食べられる。刺し身はそのまま食べられるし、大抵の魚は焼けば食べられる。素朴な味付けが一番手間もかからないし、生活習慣病を防げると思う。

意思の疎通

コミュニケーション力とは意思疎通の力だ。話が伝わらない、もしくは食い違いというのは相手に伝えたいことが伝わらない事である。これの解決は言語を正しく操るということと、言いたい事の情報を出し惜しみしないことである。言語を正しく扱わないと、言いたい事が正しく伝わらず、誤解を招く。また、言いたい事を全て言っておかないと、そこに情報の欠落が生じ、これまたコミュニケーションの障害が生じる。コミュニケーション力とは、すなわち国語力そのものだが、これを学ぶ機会は実はない。学校で学ぶ国語力はコミュニケーション力とは似て非なるものであり、現代の国語教育はその部分が欠落しているように思う。

本当に必要なことか考える

 ミニマリストの第一歩としては、当たり前を疑って見ることだと思う。つまり、普段当たり前にやっていることを本当にやる必要があるか、持つ必要があるのか再定義することだ。

 例えば、髪は本当にシャンプーで洗う必要が有るのか?、飲み会の二次会は本当に行く必要が有るのか?、その料理器具は必要なのか?、代替できるものはないか?とか当たり前にやっていることを疑う必要がある。

 それらは一回、やめてみると必要がなかったり、あるいは回数を減らしてみてもよい、と思う事がある。そして実際に辞めてみるとミニマリストの第一歩となるのだ。